友人のジャーナリストを仮にAさんと呼びます。彼は、スポーツ系に強いライターでよくトレーニング関連の本を制作するために、その道のプロであるトレーナーや大学の先生に取材に行きます。そこでAさんは、よくこのように言われたそうです。「君はよく“筋トレでダイエット”とか、“美しく柔軟な身体を目指すトレーニング”などをテーマに本を作っているが、自分自身の身体の管理ができないと、説得力がないのでは?」
Aさんは高校時代アマチュアレスリングの選手だったので筋肉質の理想的な体格でした。ところが、その後の不規則なライター稼業でかなり贅肉を蓄えていたのです。このAさんに久しぶりに会うと、別人に見える程激変していました。まるで枯れ木が立っているかのように痩せ細っていたのです。いったいAさんに何があったのでしょう。
今回は、短期間でのダイエットについて、身近な例からご紹介しましょう。
急激なダイエット
Aさんが、行ったのは極端な食事制限でした。もともとアマチュアレスリングの選手だったので、当時行った方法で体重を減らそうとしたのです。レスリングの選手は、試合に出場するためには階級に合わせて身体を作る必要があります。できるだけ軽いクラスで戦った方が基本的に有利なので、試合前は減量ということになります。この当時の減量は、飲む水まで制限される過酷なものだったといいます。皆さんもボクサーの減量の様子をご存知でしょう。前の試合が終わってから増えてしまった体重を、指定された計量日までにどのようなことをしても落とすという過酷な世界です。
現代のボクサーは、管理栄養士の指導のもとに、減量しながらも必要な栄養を摂れるように配慮された食事をするということが、試合で勝利するためにも大切な条件となっているようです。しかし、昔の体重別の競技ではそうした恵まれた環境にいる選手は少なかったのです。日々、練習量を増やしながら食べ物を削っていき、水分まで制限していました。
Aさんは、どうやらこの高校時代の減量を一念発起でまた行ってしまったようなのです。しかも、トレーニングは一切せずに、食事制限だけの減量。甘いもの、ごはんやパンなどの炭水化物は一切摂らないというものです。
確かに体重は減りましたが、見た目は痩せたというよりやつれた感じになりました。歯の噛み合わせまで悪くなったと本人が言うように、会話していても言葉が聞き取りにくくなってしまいました。顔色が悪いのと皺(しわ)が深くなったことで、実年齢以上に一気に老けてしまった印象でした。
こうした極端なダイエットは、リバウンドという避け難い事態の他に、様々な問題を引き起こします。
ダイエット臭
前記にあげたような、老け顔になってしまうという点、この原因は栄養不足になった身体が、体内に蓄えられた脂肪だけでなく筋肉も分解してしまい、表情筋などもその対象になるということが考えられます。
さらに、他人に悪い印象を持たれてしまうのが、ダイエット臭と言われる独特の甘酸っぱい体臭や口臭です。これは、エネルギー不足になった脳が、食事で入ってこないエネルギーの代わりに非常用のエネルギー源として作るように肝臓に命じた「ケトン体」によるものです。このとき、肝臓で作られるアセトン・アセトン酢酸・βーヒドロキシ酪酸の総称が「ケトン体」と呼ばれるもので、糖尿病などと同じ臭いが発生することがあるのです。「ケトン体」が血液中に増加すると口臭としても放出されます。
さらに、空腹感が唾液の分泌を低下させ、唾液によってコントロールされている口内環境も悪化してさらに強い口臭を生んでしまいます。
このダイエット臭が、はっきり認識されるような飢餓状態を放っておくと、自律神経系やホルモンバランスを崩し、身体に様々な問題が起きてきます。
ダイエット臭を改善するためには、まず脳に必要な栄養素である糖分を送るために、炭水化物を摂る必要があります。タンパク質、脂質ももちろんバランス良く摂らなければなりません。さらにエネルギーの枯渇に対応して身体の基礎代謝が落ちていますので、これを上げるために有酸素運動を取り入れます。ウォーキングや軽いジョギング、ゆっくりとした水泳など、あまり心拍数が上がらない運動を継続的に行うことが重要です。
さらに筋肉トレーニングで筋肉量を増やすことも基礎代謝を高める効果があります。
健康的な生活を送るための「体力」の喪失
食事制限による極端なダイエットで、失われるのは筋肉や若さだけではありません。前向きに仕事や人生を楽しむための「体力」が失われてしまうのです。
「体力」は、病気やストレスに打ち勝つための「防衛体力」。運動に必要な「行動体力」という概念に分けることができますが、そのどちらも損なわれてしまい、生活そのものから潤いや喜びを失ってしまいます。
この「体力」という言葉にまとめられる「防衛体力」、「行動体力」を分かりやすく説明すると以下のようになります。
○「防衛体力」
- 免疫力(病原菌などに対する抵抗力)
- 環境変化に対する抵抗力(暑さや寒さに対する抵抗力)
- 生理的変化に対する抵抗力(時差や、運動時の身体の変化に対する抵抗力)
- 精神的ストレスに対する抵抗力
○「行動体力」
- 筋力(重いものを持ち上げたりする能力)
- 筋持久力(持続的に力を使う能力)
- 瞬発力(瞬発的に力を発揮する能力)
- 全身持久力(ランニングなどで使う全身の持続力)
- 柔軟性
- 俊敏性
- 平衡性(片足でバランスをとって立ち続ける能力)
こうした「体力」は、何歳になっても人が健康に生きていく上でなくてはならないものです。従って、食事制限による極端なダイエットは、リスクが大きいので避けるべきだということになります。
背広を着た縄文人
ある大学の先生が、『現代人は「背広を着た縄文人」である。』ということを本に書いておられました。この考え方に基づけば、現代の生活を営む我々が、なぜ肥満に苦しむことになったのか、明解に説明できます。
人類が誕生してから、現在まで経過した時間を仮に1年、12ヵ月に置き換えてみたとします。現代の便利な生活、このパソコンや、電話などの情報機器に囲まれ、コンビニなどで24時間いつでも食べたいものを手に入れられる生活を、人類が誕生してからどのくらいの月日にあたるか、想像してみてください。
秋ぐらいでしょうか。いやもう少し後、12月の何日かというイメージをもたれる方もいることでしょう。正解は、12月31日の午後11時50分。人類誕生から今までを1年に換算すると、現代はこの最後の10分間にあたるというのです。人類はそれまで、11ヵ月30日と23時間50分は、便利な文明機器も持たず、飽食の時代もなかったわけです。
従って私達の身体は、飢餓に耐え、外的の襲撃からも身を守るという環境に適応したまま、いわゆる背広を着ていても、中身は縄文人と同じというわけです。豊富な食べ物、特に甘いもの、塩、高温で調理した食べ物などがいつでもあるという生活ではなかったわけですから、こうした環境にまだ適応できていないため、肥満になってしまうわけです。
健康的な生活、生き生きとした人生を歩むために最も大切なのは、何かということ。それは、この説に照らしてみれば明らかです。中身は縄文人の我々は、飽食に走らず、外的に襲われたり、狩猟の必要がなくても毎日歩いたり、軽いジョギングや水泳をする。重いものを持つ必要がなくても筋肉に刺激を与え、筋力を保つ。食べ物は、四季の恵みを大切にし、旬でないもの、高温の油で調理したものなどは、あまり大量に摂らない。
便利な文明社会にあっても、身体は縄文人と同じ環境に適応している生き物であるという自覚。そういったことが大切なのではないでしょうか。